村上春樹氏でも父と疎遠だったのだから私がやってきたことも間違いではなかった?



村上春樹さんの手記が週刊誌(文芸春秋)に掲載されているようですね。

過去に村上春樹氏の本は数冊読んだことがあるだけで、どんな人物かも家族関係などもよくはわからないのですが、あんなに有名で知識があって、人格も確実に私よりは上であろう人でも、父親と20年以上疎遠だった、と知って、同じように父と疎遠にしていた私が少しだけでも肯定されたような気がしました。

疎遠になった理由やどの程度の疎遠だったかも存じ上げませんが、人は実の父親であっても疎遠にしなければならにこともある・・ということです。どんな理由にせよ。

著名な方が勇気をもってこのような告白をして下さると、そんな人ですら父親と疎遠になる、疎遠にすることもあるんだ・・とちょっと自分自身のしてきたことも許されるような気がします。

人にはどうしても埋められない溝もあるのです。
周りの人には決して見えない、見ることのできない深い深い溝です。

村上春樹氏は亡くなる少し前に和解のようなことをした・・・と記されているようですが、私も亡くなる直前ではないですが、子としての責任は果たした(一応、介護認定などに立ち会い、そのときできうる限りのことはした)、と思っているので、どんな亡くなり方をしても(いわゆる孤独死だったのですが)自分のできうる限りのことはした、とは思っています。

世間様(=父方の親戚)からみたら、もっと頻繁に連絡をとってあげていたらよかったのに・・・と思われているかも知れませんが・・。でもそんなことは一切言ってこないとてもよい方々ばかりですがね。