結婚しているのに感じる孤独




結婚していない人、またはできていない人からすると、そんなわけはないでしょう・・・と思うかも知れませんが、結婚していても、孤独はやっぱり忍び寄ってくるのです。いや、ひょっこり顔を出す、と言った方がいいかも知れません。

私も結婚する前は、正真正銘、結婚できないかも知れない残念な部類に入る女でしたので、なんとかその結末は回避しなければならないと、恥を忍んで、当時、「婚活」なんていうワードが世に登場する以前から「婚活」していたのであります。要は、某大手結婚マッチングサービスに入会した、ということです。
もちろん将来的に、伴侶もいない、子どももいない、という孤独な事態をなんとか避けなければならないという思惑もあったわけではありますが。

結婚して子どもを産めば、将来、一人ぼっちで死んでいく、というか死んだあと誰にも死後の処理を頼めない、という究極の事態を避けることができますから。
今は、自らの死後の処理まで頼めるサービスも登場しているようなので、今となっては後の祭りではありますが、本来の結婚の在り方とは違う方法で結婚をしてしまったがために、孤独を味わってしまっている、自業自得だとも言えるのですが。

そしてまた、その当時すでに実兄の子=甥っ子は誕生していたわけですから、その子に死後の処理を頼むことを想定して、無理矢理にでも結婚しなくても良かったんだ、とたった今気づきましたけど・・・。

だけど、当時はやはり結婚できない女=選ばれない女の恐怖、の方が勝っていたわけで、あわよくば人生の中で自分の子を産み、育ててみたいという未知の領域へ足を踏み込むことへの好奇心の方が勝っていたわけで、自分の死後誰にも処理をお願いできない不安よりも、今、前に進める方のことの方に興味があったのであります。

こんな複雑な思惑はおくびにも出さず、20代ぎりぎりで、バツイチ、子アリ(前妻が引き取り)、安定職、家アリ、たばこ・ギャンブルなし、11歳年上の物件と結婚したわけではありますが、結婚後、子どもを授かりたい、というありふれた夢を追いかけるうちに、何とも言えない寂しさを感じることとなるのであります。

今から思うと、このころから、「孤独」は忍び寄ってきていたのでしょう。
やっぱり私は夫から愛されていない、と気づき始めたのであります。(まあ、愛なんて言葉は重すぎますが)

結婚前の誰からも選んでもらえない寂しさ(恋愛市場においては売れ残り確実だったんだから)
婚活市場では一応選んではもらえたが、それはこちらが条件を妥協したから。

結婚しても愛されてはいない寂しさ。
表面上はなんら問題はないけれども、要は究極的にはSEXをするときに、どちらが誘うか、といいう問題です。ぶっちゃけ、夫からは誘われなかった、ということです。

だから授かった3人の子どもは、遺伝上は夫の子ではありますが、その根源的なことを考えると、私が欲して授かった私の子ども、ということになります。

要は、純粋な夫からの愛の結果、授かった子どもではない、ということ。

子どもを授かっても、私の孤独感はますます深まるばかりだった、ということ。

婚活市場において、選ばれたけれど、愛されてはいないと気づいた、ということ。

選ばれない恐怖=孤独をクリアしても、次の孤独=愛されない、が待ち構えていた、ということです。

どうして、わたしばっかり・・・と思わずにはいられません。

ある特定の1人の男に恋愛市場において選ばれて、その後愛されめでたく子を授かった女性、という圧倒的な愛を感じられる女性と、かたや恋愛市場では選ばれず、婚活市場で拾ってもらい、その後恥を忍んで自分から誘って何とか子を授かった私。

この圧倒的な差はなんだ?

孤独な人間はますます孤独に陥っていく悪のスパイラル。

最近は「孤独」を奨励する本も多々出てきてはいますけど、やっぱり孤独は孤独なんだ、と改めて気づき始めました。

だって、だれからも選ばれないから孤独になり、選ばれたとしてもやぱり孤独なのだから。(あくまでも私の場合ですけど)

私はただこの世界中の中のたった一人の男性からでいいから愛されたかっただけなのに・・・。

そんな願いすら聞き入れてもらえないのね。

まあ、振り返ってみると、じゃああなた=私は夫さんを愛していたのですか?と問われると、決して愛してはいなかったでしょう、ということになるのですが。

前述の通り、条件で選んでいるわけですから。

結局私も夫さんも同じ穴の狢だった、ということ。

バツイチ、子あり(前妻さん引き取り)という悪条件の夫さんを私が拾ってあげたのよ、と上から目線でしたから。

何もかもとっぱらって、一人の男として夫さんを愛しているか、一人の人間として愛しているか、と問われると、ハイ、ごめんなさい、としかいいようがない。

「仕事をやめたい」とほのめかされた時点で=実際には辞めてはいない、さっーと夫さんに対する信頼がなくなっていくのがわかりましたから。ということはつまり、夫さんが安定した仕事に就いている状態に対してのみ、愛していたのだ、とわかってしまったのであります。

その条件が危うくなってしまったとたんに、夫さんという全人格を否定し始めましたから。存在自体を疎ましく思い始めてしまいましたから。

仕事をしない夫さん=いらないの方程式が浮かびましたから。

と、いうわけで現在夫婦関係はほぼ破たんして、もちろん孤独。
結婚してもその後は孤独の恐れはない、なんていう確信はない、ということで。

もちろん世の中には婚活市場においてよき伴侶を見つけ、その後愛を着実に育み、孤独を感じないおひとはたくさんいらっしゃることでしょう。

あくまでも私の場合は、結婚してもやっぱり孤独だった、というお話です。