1年間の家計簿記帳の総決算。続けた人だけが味わえる喜び。

継続は力なり

2017年も残りわずか。
今年も滞りなく家計簿を記帳し続けてこられました。

と、いっても、私の中では完ぺきではないけれど・・・。
でも、日々の記録はきちんと記入はしてある。
月末締めもきちんとしてある。
累計もきちんと記入してある。
収支年計表もきちんと記入してある。

でも私の中では私の記帳の基準にまで達していないのです。



完全記帳できず・・・

毎月月末締めをしたらする
前月繰り越し+今月収入-今月支出±今月預金±クレジットカード差引=来月繰り越し
この計算をきちんと続けられなかった・・・・。

とある団体の家計簿記帳の基準には、ここまでして完全記帳といえる、という基準がありますので・・。

掃除、洗濯、食事作り、整理収納は完璧にできなくてもぜんぜん平気なんですけど、家計簿だけはきちんとしたい。

私の中の基準です。

家計簿だけは私がきちんとやってきたことが記録として残るから。

他は私がどんなにきちんとやっても結果は残りはしませんから・・・。
結局、虚しさが残りますから。

家事のしすぎが日本を滅ぼす?

先日、こんな本を読みました。
「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす 佐光紀子著
その中に、共感できる一文が・・・・

以下引用

掃除は「きちんと」しなければならないと彼女たちが思っているからだろう。もう少しいえば、その「きちんと」の基準がクリアされないと、「掃除をした」ことにはならないと彼女たちが感じているからだ

引用終わり

どんなに強力な洗剤を使って、掃除を頑張ったって、ゴムパッキンに浸透してしまった黒カビはもう元には戻りません。そんなことをやっていると本当にむなしくなるのです。

洗濯なんて、洗濯機がやってくれているのです。
大変なのは干してたたんでしまうこと。
なんで、すぐに着る服をたたまなくてはならないの・・・?
そのまま干しておいたって、いいじゃないか・・・。

私が食事を一生懸命作ったって、子どもたちは平気で残します。

この本には、まずい料理に謝るのは日本だけ?とも書かれていまして、目からウロコでした。
海外のお母さん&妻たちは、決して謝らず、レシピのせいだったり、素材のせいだったり、挙句の果てには塩を変えたせいだ・・・なんてことになってしまうそうな・・・。
この内容に本当に私は救われました。
あぁ、わたしのせいじゃなかったんだ・・・。

家の中の整理・収納はもう私にはできないもの、とほぼあきらめています。

本にはこうも書かれています。
以下引用

長年「きちんとした家事をするのが女だ」という呪縛にとらわれてきた妻にとって、「きちんと」しない状態の家事を受け入れて完全にゆだねることは、決して簡単なことではない。妻たちが「きちんとしなければ掃除とは呼べない」と思っている限り、「妻はよく頑張っているけどやりすぎだ」と思っている夫が、自分なりに納得のいく掃除をしても、それが妻の求める水準をクリアして「あら!ありがとう!」と言ってもらえる可能性は限りなくゼロに近いのではなかろうか。

引用終わり



自分が抱いている「きちんと」の基準がそもそも高すぎるのです。
だから、夫が少しくらい何かを手伝ったからといって、私は全く満足なんかしないのです。

そもそも、「妻はよく頑張っているけれど」なんて少なくとも我が夫さんはこれっぽっちも思っていないと思う。
ねぎらいの言葉がかけらたことなんて、一度もありませんからね。

だけど、家計簿だけは違います。
きちんとやればきちんと記録として残るのです。
だから私はきちんとするのです。

私が頑張った証拠ですから。

家計簿を続けるコツはこの感覚を味わうこと!