超ソロ社会「独身大国・日本」の衝撃/荒川和久著を読んでみた



毎度おなじみ読書感想です。

題名から察するに、結婚しない、できない男女のお話かと思いきや、そんなうすっぺらい内容の本ではありません。

人間がどこへ向かっていくのかという、壮大な話です。

第1章「増えるソロで生きる人たち」では、様々なデータから、これだけソロ化が進んでいますよ、というお話。
いわゆる結婚しない人が増えていますよ、ということ。

第2章「ソロで生きる人々を許さない社会」では、ソロで生きるとこんなにつらいことがあるよ、というお話。ソロハラですね・・・。

第3章「男たちは嫌婚になったのか」では、いわゆる結婚できない男もいるし、あえて結婚しない男もいる、というお話。こんな男にひっかかっちゃいけない・・・。

第4章「結婚してもソロに戻る人たち」では、結婚後何らかの理由でソロになってしまう人たちのお話。夫に先立たれる人もいれば、離婚を選択する人もいる・・・。離婚でひとり残された夫さんは悲劇だよという残念ないきもののお話も・・・。

第5章「ソロたちの消費」では、ソロの人たちってこんなお金の使い方をしているよ、というお話。マーケティングの視点から。

第6章「ソロ社会の未来」では、これからの人々の生き方をご指南してくださるお話。

そこかしこに数々の重要なメッセージがちりばめられています。
・ソロで生きる力とは、精神的自立することであって、ここでいう自立とは、何者にも依存しないということではなく、依存できる多くのモノや人に囲まれてながら、自ら能動的に選択し、自己決定できる人のこと。

・ソロで生きる力とは、ひとりでいられる能力。ひとりでいる状態に耐えられるガマン能力ではない。むしろひとりでいることを楽しむ能力、ということ。

・ソロで生きる力とは、自分自身を愛する力。

・まずは自分自身で愛する、自分で自分を愛するようになれた人間こそが他者を愛せるようになる。

ここはかなり重要です。
相手に尽くしたり、貢いだりした結果愛を得よう、と思わない、ということです。ここを読んで私は夫さんのことが頭に浮かびました。夫さんには、こういう一面がありますから・・・。いわゆる金にものを言わす的な。
人の心をモノやカネで釣ろうとするところが多々あります・・・。と、いうことは、そこには本当の愛はない、ということです。

「ソロで生きる力の人」が世の中に増えたら、今よりも幸せな社会になる、とふと気づきました。だって、ソロで生きられる人、というのは自分自身を愛せる=自己肯定感が高い=他者をも愛せる人ですから。

ソロが増える、というと悲観的に考えがちですが、そうではないと思います。
でもいわゆる伝統的な家族の形が増えるわけではないので、少子化対策にはならないとは思いますけど。

私自身はソロかソロでないか、というと、既婚で子どももいますから、真正ソロの方々からみればソロでないのですが、気持ち的にはソロなので、「既婚のかくれソロ女」ということになります。
文中にも「既婚のかくれソロ男」という分類の人々がいらっしゃることが書かれています・・・。

末子が小学校へ入学したのを機に(=手がかからなくなった)、ソロ生活を楽しみ始めた私です。
まあ、それ以前から楽しんではいましたけど。独身時代、おひとりさま、なんて言葉が世に登場する以前から、一人で飲食店へ行っていましたから(笑)

結婚後は、子どもを義母に預けて、週1でヨガを習いに行ったり、はたまた夫さんに預けて、歌を習いに行ったり・・・と。

私は今だ!というときを逃さず、アンテナに引っかかことはやってきていますが、一方夫さんは、結婚当時と対して変わらず、変化のない日々を送っています。パパ、パパと寄ってくる次女、三女がいなくなったらいったい、この人はどうするんだ?

いわゆる「家族」についても、こんなメッセージが。
従来の伝統的集合体の概念である家族は、ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックが言うには、ゾンビ・カテゴリーだと。

家族は必然的共同体ではない、選択的親密性となる、と。

いわゆる伝統的な家族、というものに違和感を感じている私にとっては朗報なメッセージでした。

そんなものに縛られず、自由に生きたいと願う私なのでした。

まあ、夫さんからみたらとんでもない詐欺師にひっかかったとは思っていらっしゃる、とは思いますが。

かれこれ、1年以上夫さんとは行動をともにしていませんから=家族旅行へも行きませんから。(子どもたちには申し訳ないけど)

夫さんに合わせてとか、子どもに合わせてとか・・・本当にできません。
一応断っておきますが、数年前までは夫さんに合わせてとか、子どもの期待に応えて・・・とかで旅行も行ってはいましたけどね。

行くなら、自分が本当に行きたい、と思うところへ、一人で行きたいです。