真実の愛と偽りの愛、見分けるのに45年もかかってしまった



45歳にして、私の生きづらさの正体がようやくわかりました。

本丸は、母親だった。

どうしても、否定する私がいた。そんなはずはないと・・・。

私が愛されてなかったはずはないと・・・。

でも、ようやく、私も認めざるをえない、ということがわかりました。

母は、典型的な自己愛性パーソナリティー障害だったんだ、と45歳にしてようやくわかりました。

いつも母から否定され続けてきた私には、正直ほっとしたような・・・。

あ~私が悪いわけじゃ、なかったんだ・・・。

あらゆることを否定され続けてきたせいで、もう私は私でなくなるような気がして、生きる気力もなくなりかけていた丁度そのとき、ふっと降りてきた感覚でした。

なぜなら、以前に仕事上に必要かと思って買ってあった本「毒になる親」スーザン・フォワード著、「不幸にする親」ダン・ニューハース著、「毒になる母」キャリル・マクブライド著がありました。

なぜか、ふと、今読んでみようかな・・・と思ったのです。

仕事上ではもう必要でなくなったのに・・・。

読み始めて、すぐに、あぁ~私の母のことだ・・・と思いました。

仕事上に必要かと思って買っておいた本は、私に必要な本だったのか・・と腑におちました。

自分自身が生きてきた家族関係ですら、気づくのに45年もかかった。
でも、それはたった一人でこの困難な道を歩いてきただろうか?

カウンセラーとか、だれかと一緒に歩んでいたらもっと近道ができたのであろうか?

10歳までは幸せだったと一応思っている家族。

10歳から15歳までは両親の壮絶な離婚への道を毎日見聞きする、地獄のような日々の連続。

15歳から17歳は父と二人の生活。(母が家を出た。兄は進学で家を離れた。)

両親の離婚成立。

18歳からは母とその愛人、そして私の生活。(父と暮らすことが難しくなり、母の家へ。そしたら男がいた・・・このときの精神的なショックといったら・・・今でも鮮明に覚えています・・・のちに分かったことだが、母は家を出た時点で男がいたのです)

24歳からは母と兄、そして私の生活。(母、愛人と別れた)

29歳、結婚して、隣県へ。

結婚して16年。

夫と会話をしなくなって4年。

一応、これでも、12年間くらいは幸せだ、とは思っていたのよ・・・。

まあ、今となってはその幸せすらニセモノだったとわかるのですが。

でもまた、今、人生の谷を歩いている私。

夫との関係は改善していないけど、母との確執の原因はようやくわかりました。

そう思うと、夫との関係の大元の原因というか、自分を主張できないのは母との関係にあったのか・・・と思い、夫さんに対しては、大変申し訳ない気持ちが込み上げてきました。(でも、だからといって、夫さんにこれまでの失礼の数々を謝ろうとは思えない、今のところ)

今、思うのは、それぞれのパーソナリティーを記した家系図を書こう、ということ。

私の生まれ育った家系もおかしかったが、夫さん側もおかしかった、と思うので・・・。

共通しているのは、父親が酒乱だったこと。

そうなると、母親は共依存ですからね。私の母親は自己愛性パーソナリティー障害でもありますが。

その子どもたちはどうなるか、というと・・・?

夫さん、回避性パーソナリティー障害。(愛を求めること自体をあきらめた人)

私は恐れ・回避型パーソナリティー障害。(愛を求めることをあきらめたようにふるまうが、本当は求めている人)

この2人の間に愛が生まれようがないのです。

だって、愛とはどういうものか?ということが二人とも分からないのですから。
だって、これまでの人生で愛を受け取ってこなかったのですから・・・。

一応、私は結婚して数年間は、夫さんへの愛を間違った形で与えていたのです。
それは、世話をする、という形で。(母からの愛のカタチはそれだったからね。)

でも、それってなんか違う・・・と途中で気づいて、今それをやめている最中。(絶賛、夫さんをネグレクト中=世話をしない)

夫さんは夫さんで、カネにものをいわせて、何かを買ってくる、どこかへ連れていく、というカタチで必死に間違った愛を私へ送っていたわけです。

この間違った愛のカタチを受け取るのも途中でなんか違う、と私は思いまして、受け取るのを途中から辞めました。(まあ、その間違った愛の押し売りは今、子どもたちへと移っていますが・・・・)

さてさて、これから先、いったいどうなるのかしら?

ここ数日の気もちとしては、母へのなんともいいようのないスッキリ感、といいましょうか、悪く言えば、ちょっと勝ち誇ったような気もちを感じているところです。