回避型愛着スタイル?恐れ・回避型愛着スタイル?すべては愛着で決着?


新型人類?ネオサピエンスの登場

2019年11月発行 岡田尊司著
「ネオサピエンス 回避型人類の登場」を読みました。

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岡田尊司氏の本はこれまでにも読んできていて、

2013年12月発行
「回避性愛着障害 絆が希薄な人たち」 愛着スタイル診断テストができます。ネット上でも診断できるサイトがありますが・・・。

2016年11月発行
「愛着障害の克服 『愛着アプローチで、人は変われる』」

2019年9月発行
「死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威」

2018年10月発行
「カサンドラ症候群 身近な人がアスペルガーだったら」

2018年3月発行
「愛着アプローチ 医学モデルを超える新しい回復法」

などなどを読んできました。
これらの本を読んできてはいたのですが、なぜか、あまりこちらのブログの記事にはしていなかったですね・・・。
あまりにも確信すぎて、できなかった、とも言います。

もともとは、育った家庭が不安定=両親の離婚へ至る過程がすさまじかったもので・・・なので、それが原因で生きづらさがあるのか?と思い悩み始めたのが、10代後半。自分自身は何者なのか?と思い悩んで、はや、25年あまり。

最初の頃は育った環境に起因するのかと思い。アダルトチルドレン関連の本とか、機能不全家族の本とか、あとは自分自身に問題があるかとも思い、エゴグラムとかそれこそ心理学関連の本とか、フロイトとか、江原啓之氏のほんとか、ありとあらゆるものを読んで必死に答えを探していました。

いろいろと思い悩みつつも、途中、婚活をして、なんとか結婚はできて、子どもには恵まれたものの、夫さんとの関係性に思い悩んではや、5年くらい?いやいや、問題の根底は初めからあったとしたなら、結婚以来ずっと?だから17年目?

最近、なんだか息苦しくなってきて(もちろん、物理的に心臓が悪いわけではなく、心理的にという意味です)、またまた堂々巡りが始まったって感じです。

やっぱり自分に問題がある、と思った方がうまくいくような気がする

改めて、岡田尊司氏の本をいろいろと読み返すうちに、やっぱり、自分自身をよりよく知らない限りは前へは進めないし、相手のせいにしていても、はたまた誰も悪くないとしていても、何にも解決はしないよな・・・と思っている次第です。

でも、だからといって、私自身が変わろう、とは今のところは思ってはいません・・。(だからダメなんだって・・・)

私自身の生きづらさの正体は「回避性愛着障害」のせい?とは本を読んで、一応、前々から気づいていたけれど、改めて、夫さんとの関係性の問題もやはりここに行きつくのではないか?と思った次第です。

結局夫さんとの関係がうまくいかなくなってしまったので、どこに問題があるのだろうか?と考えると、「えっ?やっぱり私?」ってことです。

私?というより、実母との関係なのでしょけど。
実母との間に愛着が形成されなかった、の一言に尽きるのですけど。
こころのどこかで、そんなことないよ・・・と思っている自分もいたのは確か。
一応、実母はそれなりにちゃんと母親でしたので。物心ついてからの記憶では。

世間一般的に愛着が形成しにくいようなが虐待とかネグレクトとかはなかったとは思うので。
でも、私を産んでからすぐに働きに出た、とは聞いていました。
なので、私の面倒は母親の姉が見てくれていたと。

でも、最近気が付いたことがあります。

私は3,4歳のころ物おじせずにだれにでもついて行ってしまうような子どもだったと、よく子どものころ聞かされていました。

45歳まで(今のいままで)それは、私の良い面での特性なのかな?と思っていたけれど、最近気づいたのは、そういう行動を取らざるを得なかった幼いころの自分なのではないかと。つまり、母親との間に愛着が形成されていないから、別の人を求めようとしていた?ということ?

そう考えると、納得がいく。

小学生ころの私は、もうそんな物おじせずにどこへでも行けるような人間ではなかったので、そういう小さいころの話を聞いて、なんだか納得のいかなかったのは確かなのです。

いろいろとチャレンジしてみたけど、うまくいかなかったから、恐れ・回避型愛着スタイルへと変化していった・・・と見るのが正解なのではないかと。

45歳にもなって、こんな気づきが得られるとは・・・と自分でも本当にびっくりしました。

アスペルガー・カサンドラのくくりでは何も解決はしない

「夫さんアスペルガー・私カサンドラ」というくくりでみてしまうと、以前にこちらのブログでも書いたように、「どちらも悪くない」、ひとつの特性で話が終わってしまうのです。結局、前には進めない。

だから、2016年ブログを始めた当時と、なんら変わってはいないのだけれど。

じゃあ、回避性愛着障害というくくりでみたらどうなるのだろうかと。

おそらく、夫さんも回避型愛着スタイルなのです。
夫さんの生い立ちを詳しく聞いたことはないですが、私より11歳年上で、田舎の農家の長男。長男だから、大事に育てられたのは確かでしょう・・・。でも母親との間には愛着が形成されたはいなかったのでしょうね。今現在の夫さんと義母との関係を見る限り、愛着なんてないだろうな・・・とは想像できます。

義母いわく、昔は赤ちゃんの頃、柱に括り付けていた・・・と本当かウソか知りませんが、そんなことがされていた時代であり、そういう地域でそだっている人なのです。

そして私も大きなくくりでは回避型愛着スタイルなのですが、さたに細分化すると、恐れ・回避型愛着スタイルなのです。なので、夫さんとは別物。
改めて、「恐れ・回避型愛着スタイル」とは何か?と調べてみると、一番厄介なの、自分じゃん!ってな感じです。

「回避型愛着スタイル」をもつ夫さんは、「ネオサピエンス」に書かれているように、これまでの人類の常識?というかしきたりというか、が通用しない、ある意味新しい人間なのかもしれません。なので、旧型人類とのはざまでもがき苦しんでいる私からすると、理解不能な意味不明な生き物なのでしょう。そうでも思わない限り、到底、夫さんという人間を肯定することができません。私には。

私自身も、本当は「回避型愛着スタイル」の人間なのですが、心の奥底で、これではいけない・・・ともがき苦しんでいる状態なのです。そこが、「恐れ・回避型愛着スタイル」である所以かなと思っています。

よくある、アニメやドラマなどであるような人間の心と悪に支配された心のはざまでもがき苦しむ主人公のように・・・。本当は完全に回避型愛着スタイルでいい、でもやっぱりそれじゃだめだ・・・と思う自分。

いっそ「回避型人類ですが何か?」くらいに開き直れたら苦しみから解放されるのかも知れません。

でもやっぱり、それじゃだめだ・・・と心の奥底でささやく何かがあるのです。
だって、そういう人間ばかりになってしまったらそりゃ恐ろしい世界ですよ。ネオサピエンスの最後の方は、こんな世界になってしまったら子どもがかわいそう・・・の一言に尽きます。

安定型になるためには?

で、結局、どうすりゃいいの?
結論まで、まだ辿り着けていない・・・・。

でも、思うに私は3人の子どもたちを産み、育てることで、だいぶ救われたのだな、と思います。
少なくとも、今現在、私と子どもたちとの間には愛着が形成されている、と自分では思ってはいます。
なので、多少はマシな人生を歩めているのではないかと・・・。

でも、夫さんと関係では苦しんでいる。
きっと、カサンドラで苦しんでいるアスペルガーかも?な夫さんを持つ妻さんたちは、「ネオサピエンス」でいうところの旧型人類なのでしょうね。
だから、苦しいの。

でも、夫さんはこういう新しい人類なのだ、と思うことができたなら、割り切れます。ある意味。

なので、私はそう思うことにしました。

だから、これまでのように、こうすればいいんじゃないか、これまでだったらこうでしょ・・・みたいな思いこみは一切捨てて、基本放置です。なので「夫さんをネグレクト」なのです。だって、そうしていても、夫さんからは一切文句も出ないのですから。
まあ、ある意味よくできたお人だ・・・。何しろ、新型人類なのですから。

自分がないがしろにされていても、文句の一つも言えないというか、言おうとも思わないのですから。わたしからしたら、この人、やっぱ頭おかしんじゃね?のレベルのことをされていてもですよ・・・。

愛着なくても56年も生きている人なのだから、もうほっとこう。
私が思い悩むことではない。

私は私の人生をゆく。
ただそれだけ。

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