戦争と平和と。平和への第一歩は家庭(対、夫)から。



婦人之友社から発行さrている雑誌である「婦人之友」を愛読し、その雑誌を創刊した羽仁もと子さんが記した著作集を読む某団体に属していますので、年に1回お当番に当たると読書をして、感想を述べなくてはなりません。(あんまり詳しく書いてしまうと、どこのどいつか、ばれちゃいますからね)

今年度の著作集は「友への手紙」という本です。
気になる方はこちらからどうぞ。楽天市場へつながります。
羽仁もと子著作集(第19巻) 友への手紙 [ 羽仁もと子 ]

私の仕事の都合上、毎年8月にお当番が当たるように配慮してもらっていますので、毎年8月に読書をして、感想を述べなくてはならない、という重荷がやってきます。
そして、私の属する会では、9月は「平和について考える」月、といしていますので、戦争に関する読書箇所が選ばれるのですが・・・。

題名は「戦争と平和と」となっていますが、読んでみると、主に家庭内のことが書かれています。

一番身近な人と平和にならずして、全世界に平和が訪れるはずがない、という考え方です。

一般的に考えられるいわゆる「戦争」にも準備が必要なように、「平和」にも準備が必要であると・・・。

いわゆる世界平和を願っておきながら、私自身の心は「平和」への準備を日々しているだろうかと・・・。

毎日、一番近い隣人=夫さんとですら「平和」な関係でないのに、いわんや世界平和をや、です。

永遠に平和は訪れないのはないかとさえ思ってしまう。わが家には。ということは、つまり「世界平和」も。

気づいている私が、心を広くして夫を許せばいいのか・・・。

と、いっても不倫をしたとか、DVをした、とかでは全然ないのですが・・・。

ただ、夫のすること、なすこと、言うこと・・・すべて気に入らないだけです。

でも、そのような心境に陥ってしまう悩める子羊たちにも羽仁もと子さんはこのように言っています。

本来一里ゆけばいいところのものを、自分自身はだれからも気づかれなくとも、また共感されなくとも、自分が正しいと思うことを実行し続け、二里ゆく覚悟と忍耐をもってゆけ、と。(昔の文章なので、一里、二里・・です)

そして、困難な状況を耐え忍びつつ、工夫を重ねてゆけば、導きの手があると。(羽仁もと子さんはクリスチャンですから)

要は、それを信じられるかどうか・・。(私自身はクリスチャンではありませんよ)

先日テレビでユッキーナさんも話されていましたが、結婚10年経ち、夫であるフジモンさんに期待するのはやめたと。
期待するから、期待するレベルに達していないと落胆し、ケンカにもなる、と。

だから、期待するのをやめたと。

まさに、私も全く同じ心境です。

我が家の場合は、もはや、いないもの、存在しないものとして扱っていますから、変に期待するのもやめました。期待もしなけりゃ、腹も立たない。

もはや人間としてすら見られていない、という悲しさに当然、夫さんは気づきもしませんが・・・。

先日の新聞でこんな記事がありました。
書評だったのですが、ほんの題名などは忘れてしまいましたが、内容は、親子間の性犯罪について。

被害者である娘はいつまでたっても苦しめられる、でもそれは人間だからだ、と。苦しむのは人間の証だからだと。

一方、加害者である父親は、自らの犯した罪を認めようともしないし、もちろん反省もしないし、謝罪もしない。つまりそれは人間でないからだ、と。いつまでたっても人間にすらなれないのだと。

この文章を読んで、私は少し、正直スッとした気持ちになりました。
もちろん夫さんはそんな大それた罪は犯してはいないのですが、妻である私を相当苦しめているのです。(私って人間だったのね・・・当たり前だけど。)

でも、妻がそんなに苦しんでいることなんて、全然気づいてもいない。
(やっぱり、夫さんって、人間じゃなかったんだ・・・笑。うすうす気づいていたけど・・・)

そう思って、これからも生きてゆこう、と思いました・・・。

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